上郡竹万大避神社         協力 大避神社深沢神主様

奉納兵庫港明治32季9月正三位大鳥圭介書 拝殿   後方に本殿の屋根が見える 金色の立派な書(デジカメでは金色が出難い)
奈良時代の上郡 地域開発の祖・秦河勝
『ふるさと上郡のあゆみ 1 通史編上郡町』より
平成2年発行
 古代の旧赤穂郡は、秦河勝(はたのかわかつ)の子孫によって開拓されたものであると『東寺百合文書』により考えられている。秦河勝の子孫たちは、上郡付近はもちろん、千種川をさかのぼり、流域一帯に住居を定め、優れた土木技術で開拓を進めた。これらの地域に彼らの先祖神として秦河勝を祭ったのが、今の大避神社のはじまりといわれている。竹万の大避神社、岩木の大避神社をはじめ、千種川流域には各地に合計30数社の大避神社がみられる。古代の上郡町の人々も、力を合わせ汗を流して村づくりにはげんだことだろう。