青山霊園
東京青山霊園に眠る乃木将軍の墓を訪ねて   2011年6月8日

         乃木将軍の墓


大鳥圭介は乃木将軍の日露戦争での活躍を2回も漢詩にしている。学習院長3代目大鳥圭介と同じ墓地に眠る10代目乃木希典(のぎまれすけ)の墓を尋ねてみたかった。
 広大な青山霊園になんと乃木将軍通りと地図に記されいた。
 個性的で雄大な著名人のお墓の中で案に反して乃木大将のお墓は上記のように自然体であった。
 あまり手入れされていない霊園のお墓の中でこの墓はお花を挿してあった。乃木将軍のお人柄に触れたようで穏やかな気持ちでお参りをして帰る。
 訪れた学習院の校庭には学習院長時代の乃木将軍が学生に好かれていたと思われる足跡が残存していた。

 学内の書店長さんが乃木さんの書簡を買われて保管されていた。写真の許可とHPアップへの許可をありがとうございます。次ページへ
遼陽大捷奏殊功
旅順滅亡旬日中

全幾三軍凱旋日
満州草木浴春風

    満州大勝
詠み
りょうようたいしょう
しゅこうをそうす
りょじゅんめつぼうは 
じゅんじつのなか
ぜんきさんぐん 
がいせんのひ
まんしゅうそうもく
しゅんぷうによくす
  まんしゅうたいしょう
   
意義
  (日露戦争の感想)
満州の首都、遼陽で大勝した。
大きな手柄をたてた。
満州の入り口の海岸に
ある旅順は、
10日の内に滅びる。
全幾、特に乃木大将の
率いる3軍は
大変活躍して満州を引き上げて日本に帰る。
満州は、草木に春風が
そよぎ平和がもどった。
     満州大勝の詩


圭介親族の方元所蔵
  補註 吉田實氏
吉田實さんがサラサラと詠み、その場で意訳した
のを急いで私が書き留めたので多少の違いがあ
るかもしれません。圭介は、日露戦争の漢詩を何
度も書き留めている。
但し圭介のサインが無い?