55の 手 習 い(121)

2012年平成24年 辰年
5月19日函館in
五稜郭祭関係者の皆さんの温かい配慮に触れ
又、町の人々の声掛け、拍手に励まされました。
江差では能登屋はたご宿屋15代目平井様に開陽丸の説明を端的に受け

ニシンそばをご馳走になり、能登屋はたご跡地を見学して
ご自宅に案内して頂き、身振り手振りで圭介講義を受けました。

本当に今回の旅は、人の優しさに触れ、収穫多き3日間でした。
上郡町青年部の皆さん お世話をありがとうございました。
江差 大鳥圭介が立ち寄った能登屋はたご跡
                                    

海に沿ってニシン土蔵が並ぶ
歩道にタイルがはめ込まれて。「階段の上に能登屋はたご跡」 大鳥圭介等が立ち寄ったと記されている
 21日能登屋はたご15代目平井さんに限られた4時間でしたが江差を案内して頂く。
「高台に建っていた能登屋はたご(宿屋)から江差港が見えます。
総裁榎本武揚と開陽丸艦長沢太郎左衛門は、能登屋に泊まっています。開陽丸は、あの江差沖で暴風のため座礁沈没したのです。沈んでいく開陽丸を榎本、沢はこの能登屋から見ていたかも知れませんね。後日、松前で支城を落とした土方歳三も能登屋に立ち寄っています。開陽丸が沈んだ後に大鳥圭介が2月能登屋に立ち寄っています。」
 残念無念だったでしょうね。引き揚げられた大砲、鉄砲、ピストル等々のすごさに我々は圧倒され驚きました。この時代によくもこんな準備がこの財力の捻出は・・・。そして終結。
 新しい明治を創っていく思いは敵味方熱き同じ想いでした。
江差沖 開陽丸沈没 

能登屋はたご跡から江差沖を見る
2012年5月21日