男爵 大避神社の秋祭りに飛び入り「ハッケヨイ!」

 明治33年の秋、男爵になられてからの帰郷である。有年駅におりられた
圭介氏は二人引きの人力車で、それこそ<錦を着て故郷へ帰られる>
のであるから、上郡の沿道の住民たちは、こぞって道を清掃して通過をまった。小学校生徒は<日の丸の国旗>をふって建武橋のところで迎えた。
 圭介氏は和服姿で、人力車の上からこれに答礼されたとのこと。人力車は上郡を通り、大枝新の旧友岩本村長(旧赤松村)宅で休息。ここで相当数の揮毫(きごう)をされている。それから人力車で細念まで向かわれる途中、<大避神社の秋祭り>だったのか若者たちが奉納相撲をしていた。<ハッケヨイ>の声が耳にはいるやいなや、車からとび下りて、羽織をぬぎ、袴の裾をからげ、みずから行司役を買って出られたとの事。少年時代のことを思い出されたのであろう。ここで暫時、時間をすごされたので、石戸へ帰り着く時間がおくれるのは当然。予定の時刻より圭介氏の帰りがおそいのを心配された母上が細念の入口まで歩いて出迎えに来られていた。それをみた圭介氏は、車をとび下りて、無理矢理に母を人力車に乗せ、自分は前の車綱を引っぱって<エイ・エイ>と自宅まで帰られたとのこと。実に明治人らしい気骨のある話で、思わず頭が下がる。『如楓会々誌』 昭和58年4月1日発行 郷土の偉人大鳥圭介先生の生涯 上郡町史研究会 原弘平氏の執筆より抜粋 
氏子 岩木 大避神社 
道案内その2で 神社をクリックすると出る
写真と同じ大避神社です。