大鳥圭介自身の翻訳書で講義!
江川塾の頃
江川塾は幕府と直結の塾。
幕府より御鉄砲方を命じられ、練兵、製銃、築城の事を司ることになった。
兵書を講義するに当たって教科書の必要を感じた圭介は、オランダの兵書を
翻訳して出版することにした。

『われ徒死せず』明治を生きた大鳥圭介 著者福本龍 より抜粋
1.『地球儀用法』・・・安政4年(1857)26歳翻訳発刊
2.『築城典刑』・・・万延元年(1860)28歳の圭介が蘭書を翻訳し、自分の活字で作った最初の本
3.『砲科新論』・・・      (1861)
4.陸軍の教科書十数冊出版  (〜1867)31歳の時、翻訳完了
  (『野戦要務』目録第一編前軍の概論、二露営幕営舎営ノ警備法、三野衛、四野衛司令官ノ行作
  五哨兵配布ノ法及哨兵ノ職務、六斥候、七野衛交代ノ法、八行軍ノトキ警備法、付録 運送隊
5.『阿膠(にかわ)編』『石炭編』『木酢編』『石油編』・・・明治6年サンフランシスコ、ニューヨーク、ワシ
  ントン、イギリス等外国から帰国した圭介は、外国滞在中の研究、翻訳に着手。
                                          何れも明治政府開拓使刊行
                                      『大鳥圭介』古賀志郎著より抜粋
知れば知るほどにすごい!こんな賢い偉いお方が我が家の前に住んでいたとは・・・