大鳥圭介、外国でダム、石油と次々調査をして報告書を出す。
大鳥は明治5年語学力を買われて大蔵省兼務を命ぜられ、大蔵次官の随員として外債調達の為米国や欧州に1年余りの出張をした。この大鳥に対して黒田は、開拓史に必要な鉱業関係の調査、機械の調達のほかアメリカでブームとなっているロック・オイル(石油)についての調査・研究の任務を付け加えた。
当時のアメリカはドレーク井の成功後20年余り経っていて、石油業界では中小企業が乱立しての大量生産時代から、明治3年に設立したロックフェラーのスタンダード・オイル社が著しく頭角を現し始めた時代であった。
 当時「日本の頭脳」といわれた大鳥が帰国後に書いた報告書「山油編」は、アメリカの石油事情を詳細に観察・記述したものである。
報告書は「井戸開き法」(消井法)、「山油出方の論」(採油法)、「山油の輸送」、「山油精製法」に分けて述べ、さらにスコットランドで調べた「オイルシュール」にもふれている。前文を通して極めて質の高いもので次にその一部を引用する。    来月に続く 
『石油の開発と備蓄96・12』お雇い外国人ライマンと、むかし日本の石油開発(2) 岩佐三郎
 第2章 明治時代「前期」の石油 より抜粋
資料提供者 アジア未開地を調査している若き才女HP「天下大変」中川様より