ライマンと大鳥圭介
                         アメリカ人地質・鉱山技師大鳥圭介45歳前後石炭石油の採掘

 11月先日の郷土資料館の圭介漢詩展示会に東京からお越し頂いた蔭山さん「妻のお父さんが地質学者でライマンの事を調べていたらなんと大鳥圭介と・・・」貴重な資料を持参されました。許可を頂いて早速我がHPへ。
 2008年1回目の圭介講演をして頂いた元帝京大教授で土木史研究家の高崎先生、 2011年2回目の圭介講演者中川氏も蔭山地質学者と同じでダムや堰堤を調べる中で大鳥圭介の存在を知り、圭介に興味を抱き今日に至るようです。
 「大鳥圭介さんって縁の下の力持ち」なんだな〜!」私は改めて圭介の偉大さに感激しています。
      
     東京、1876 6月22日 
BS.ライマン技師殿
親愛なる閣下
 不幸なことに、私は山内大雲つまりJ.山内の弟であなたの地質調査の主任助手から あなたが馬から落ちてけがをしたと聞きました。私は、それを聞いてとてもかわいそうだと思っています。私は、あなたのけがの事を心配していますので、私は、山内さんに手紙を送り、あなたのけがの状態はどうなのか、そしてさらには、もしひどいのなら良い医者を送ってもよいと連絡をとっています。
しかし彼の報告を受け取って、あなたがそれほどひどいけがをしていないとわかりました。従って私は少し安心はしましたが、それでもなお あなたのけがの状態がどうなのかを知りたいと心配しています。
 あなたがけがの事を教えてくれるよう望んでいます。多分簡単に治療できるでしょう。
いつまでもあなたのもとにいたいと思います。   
          K.S.大鳥
 
                
← (猪尾塾長訳)