「ごきげんよう」 
   
                       

友から嬉しいネット情報

街角や田舎でも会えば「ごきげんよう」笑顔のこだま。全国に広がった心温まる2014NHK朝ドラ「花子とアン」

 花子が東洋英和女学校入学当初から何かと親身になってお世話をしていた女性。なんと
大鳥圭介の孫娘奥田千代さんでした。

 華族や富豪の娘が多い女学校で、和装袴衣装には、帯が必要と同じくお髪(おぐし)には、リボンをつける等、何かと親切に・・・


東京芝白金三光坂 大鳥圭介の別宅としていた大変大きな家、応接間だけでも5つくらいあった。マントルピースのガス栓にマッチで点火をすると暖炉が燃え、赤いガラス玉がキラキラと・・・
外回りは白いペンキ、白い円柱の並んだ露台。丈の高い両開きの扉の付いた玄関
庭も広く、離れもあってきれいな池には、鯉が泳いでいた。

明治10年から10年余り圭介は、工部美術学校の校長、工部大学校長、学習院長、華族女学校校長を歴任して一番華やかな時代。しかし明治11年に妻みちを亡くしている。美しい庭園には、イタリア人の彫刻家ラグーザの手になる亡き大鳥夫人の立派な胸像が飾られていた。(福本龍著「われ徒死せず」より抜粋)


花子「立派な白い洋館のお屋敷の横を通って・・・」千代の祖父大鳥圭介の邸宅である。
大鳥圭介の長女ひなは、奥田象三(画家、事業家)と結婚
その娘が千代。
奥田千代は、花子に女学校で何かと親切に教えていた。

千代は、三共(株)創始者塩原又策と結婚。左記の写真。

(福本龍著「われ徒死せず」より)